【タイ】最初の街を訪ねて、プラ・パトム・チェディ(ナコンパトム)

前編と後編の2回に分けて写真中心の記事をアップしたナコンパトムのプラ・パトム・チェディに関する情報で、とにかく書いておきたいことを全て詰め込んで、無理やりひとつの文章にしました。所々、読みにくい部分もあるかと思いますが、紀行文っぽく書いております。長文ですが、読んでいただけますと幸いです。まぁ、大した文章でも無いんだけど。

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バンコクの繁華街アソークと、アショーカ王

アソーク交差点の一帯エリアは、屋台が立ち並ぶ昔ながらの雰囲気から一変、わずか十数年の間に随分と垢抜けた街になった。高架鉄道のBTSアソーク駅と地下鉄MRTスクムビット駅が交わる乗り換えポイントであり、インターチェンジビルとエクスチェンジビルという名前の似たふたつの商業ビルがあり、老舗のロビンソンデパートと新参のターミナル21というふたつの商業施設があり、さらに夜の顔としてのソイカウボーイにも程近い。

こんなバンコク有数の繁華街へと発展したアソークの地名は、かの仏教狂いの古代の王様として知られるアショーカ王に由来する。今、このアソークの街を行き交う人々のうちのどれだけが、そんな由来を知っているのかは分からないけれども、アソーク交差点から南北に走るアソーク通の街路樹は、西洋でいうところのマストツリー、つまり同じくアショーカ王の名前に由来する”アショカの木”であるのは、タイ人独特のこだわりなのだろう。

さて、本日の目的地は、ここから約1時間半ほど西へと向かったナコンパトムにあるプラ・パトム・チェディである。

最初の街、ナコンパトム

ナコンパトムへは国道4号線を西へと向かう。この国道は、タイ国内をマレー半島を縦断してマレーシア国境まで伸びている。南へと向かうにしたがってムスリム(イスラム教徒)が多いタイ南部の雰囲気が漂い、同じタイとは思えない異国情緒を感じさせてくれる。ただし、もちろん、バンコクから僅か1時間半のナコンパトムでは南部の異国情緒が感じられないどころか、4階建て以上の高い建物が珍しい田舎町ではあるものの、バンコクとの文化的な違いは見当たらない。街の中心部に中華寺院があることを見ても、バンコクとの文化的な共通点の方が多い街だ。

はじめにアソークの地名の由来を話したので、ついでにナコンパトムの由来にも触れておくと、ナコンは「街」、パトムは「最初の」というパーリ語の言葉で、合わせると「最初の街」という意味になる。いったい何の「最初」なのか。それが見たくて、この街にやってきた。

アショーカ王と「最初の街」の伝説

ナコンパトムは、巨大仏塔プラ・パトム・チェディを中心に出来ている。市民の台所である中央市場や商店街は仏塔の南側、西側にはナコンパトム県庁があり、北側にはナコンパトム警察がある。ナコンパトム地方裁判所は、東側の少し離れた場所にあるが、それでも県庁所在地としての機能の大半が仏塔に隣接する形で配置されている。現代のナコンパトムの街が出来上がる以前から、そこに仏塔があったということの証である。

いや、現代の街並みから仏塔の歴史を遡るのには無理がある。なぜなら、この仏塔にまつわる伝説のひとつは、紀元前にまで遡らなければならないからだ。

 

現代の学術的研究では依然として伝説の域を出ないものの、古くはアショーカ王がマレー半島に「最初の」仏塔を建立させたのが、プラ・パトム・チェディの始まりだと伝えられている。釈迦の教えに夢中になったアショーカ王は、釈迦の遺骨である仏舎利を8万4000もの仏塔に分けたという伝説が残っているから、そのうちのひとつが、このナコンパトムの地に建てられた可能性も無くもない話だ。ナコンパトムが、マレー半島で仏塔が建てられた「最初の街」であるのかもしれない。

モン族と「最初の街」ナコンパトム

アショーカ王の時代からは随分と時代が進むが、六世紀ごろにもうひとつの「最初の街」が登場する。この六世紀という時代になると、中国とインドには大きな文明と市場を持った地域が生まれ、東南アジアには両地域を結ぶ主要経路という役割が与えられていた。中国とインドを結ぶルートは、船で沿岸部を移動してマレー半島の南を行き交うものが最南端であるが、わざわざ南下するのではなく、マレー半島の港で荷揚げをして陸路輸送で半島を横断するルートも数多く作られた。このようなマレー半島横断ルートのうち最北端に当たるのが、現在のナコンパトムを通過するルートである。

マレー半島の地図を見れば、現代のラノーンとチュムポンや、サトーンとソンクラーの方が、陸地の幅が狭くなっており陸路輸送の効率が良いように思われるが、ナコンパトムを経由するルートにも優位性があった。それは河川である。ナコンパトムからは北西の彼方にあるモーラミャイン(ミャンマー)からタイ湾のラチャブリーを結ぶルートは、陸送の距離は長いものの、その大半が河川であるために陸の水上輸送が可能だった。

そして、この当時のアジア最大の交易ルートのひとつを取り仕切っていたのがモン族であり、ドゥヴァーラヴァティーという勢力を形成した。646年に完成された唐(中国)の僧侶・玄奘が書いた『大唐西域記』には「堕羅鉢底国」の名で登場し、801年に成立した『通典』には「投和羅鉢底」の名で記されているドゥヴァーラヴァティーである。この勢力が「最初の街」がナコンパトムである可能性が高い。古代遺跡のコークパノムディと同じく、やはり東南アジアの歴史は河川によって出来ている。

仏塔、ストゥーパ、卒塔婆、チェディ、パゴダ

仏教に限らず、宗教は塔が好きである。規模の大小や形状の違いがあるとは言え、天上との繋がりを示すためなのか空を刺すような形状の建物や構造物が多い。仏教における塔は、単純に言えば仏塔であり、サンスクリット語ではストゥーパと言い、中国に入って卒塔婆という漢字になり、英語ではストゥーパとパゴダが併用され、タイ語ではチェディと呼ばれている。

東南アジアにおける仏塔への信仰が最も強い国といえば、ミャンマーではないだろうか。首都ヤンゴンにそびえ立つシュエダゴンパゴダだけでなく、国の至る所でパゴダが見られる。特に、自然的な特徴のある小高い丘や、切り立った崖などは、全てパゴダのために提供されている。そんなミャンマーのパゴダについて、私の数少ない知識のひとつは「仏舎利のあるパゴダは金色だ。」というものだ。これに従ってパゴダを見てみると、シュエダゴンパゴダが金色に輝いているのは当然として、その他にも各地で金色のパゴダを見かける。もちろん、白色のパゴダが大半なんだけど。

どうやらタイでは、このルールは適用されていないようだ。目の前にそびえ立っているプラ・パトム・チェディには仏舎利が納められたという伝説があるにもかかわらず、仏塔の全体には茶色のタイルが敷き詰められており、金色に準じた色使いではあるものの金色ではない。ちなみに、仏塔を小さなタイルで覆う手法については、決してこの仏塔に限った特徴ではなく、例えばバンコクのワットアルン(暁の寺)も同様で、モザイク状に細かなタイルを角度を変えながら敷き詰めることによって、太陽光でキラキラと輝く効果を狙っている。

支配勢力が変わっても継承されてきた仏塔

現在、このプラ・パトム・チェディは「世界一の高さ」によって世界的な評価を得ようとする働きかけが行われているらしい。もしも世界遺産にでも認定されれば、多くの観光客で賑わう場所になることだろう。でも、私は今、この大きな仏塔を見上げながらも、この仏塔が「世界一の高さ」によって評価されるべきではないように感じる。

もしもアショーカ王の伝説が真実であれば、最初の仏塔はもっと小さいものであっただろうし、ドゥヴァーラヴァティーの時代にはモン族の美意識と財力によってモン族好みの装飾がなされていただろうし、さらにその後に登場した支配勢力たちによって常に外観は変化してきたであろうことが容易に想像できる。そして、現在の姿は、タイの現王朝であるラッタナーコーシン朝の歴代国王たちの指示によって作り変えられたものだ。

「世界一の高さ」であることもプラ・パトム・チェディを訪れる十分な動機にはなるだろうけれども、このナコンパトムの街が、マレー半島に仏教がもたらされた「最初の街」だと伝えられ、バンコク近郊に出来た「最初の街」であったことにも思いを馳せながら歩くと、この街をさらに楽しめるだろう。まぁ、大して面白みのある街でも無いんだけど。

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投稿者プロフィール

タイ在住ブロガー。ここ最近は、ブログ「キャプロア」の復活作業に邁進中です。あと、夜の連続ブログ小説「この男、猥褻につき」ってのを書いてます。旧ブログは「キャプローグ」、旧旧ブログは「キャプログ」です。ブログで賞を貰ったことがあります。

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